千鳥足で階段を上がる。そうそう、そんな感じ。
王舟のセカンド・アルバム『PICTURE』を再生して、最初に出てくる「Roji」という曲に、心が足許をすくわれそうになる。ずれながらスイングするリズム。おぼつかない。ざわざわする。なんなんだこの曲は。まるでぼくらの毎日かと思う。
このアルバムで王舟は、完全にひとりで宅録を貫いたと聞いた。だが、不思議なことに、さびしさや厳しさはまるで感じない。音は緻密に重ねられ組み合わされているようでいて、ヒューマンエラーを許容するフレンドリーなぬくもりがある。部屋に閉じこもっているはずなのに、音は開かれている。まるで暗くなってきた夕方に吐く息の白さを発見するような、ごく当たり前の美しさが宿っている。無理してくさい言い方を探してすべてを解き明かす必要は、もうないのかもしれない。もはや言葉すらない「冬の夜」「lst」が、ただ鼓動のように寄り添って、気持ちをたまらないものにさせる。こたつの中にいながら宇宙に放り出される、王舟が描く“2016年宇宙の旅”。
「もしもし聞こえますか?」地上の誰かと交信したい。恋しい誰かのことを思いたい。でも、今はひとりでいるのもいい。どれが正しいとかじゃなくて、そのすべてをぐるぐると抱えて人は生きているし揺れているし踊ったりする生き物だ。宅録ヴァージョンの「ディスコブラジル」が、踊るぼくらのそばをキラキラと通り過ぎてゆく。
バンド編成で臨んだファースト・アルバム『Wang』と対称をなすように、ひとりで制作された『PICTURE』ができた。ライヴで長い間練り上げられてきた歌ものの楽曲を中心にしていた『Wang』に対し、『PICTURE』では約半数の5曲がインストゥルメンタル曲。『Wang』以降の王舟のイマジネーションが結晶化してゆくさまを追った長回しのフィルムのような趣もあるし、アルバム・タイトルが示すように、一枚の絵に塗り重ねられたその物語をぼくらが投影させているだけなのかもしれない。タイトル曲「Picture」を聴くと、部屋に掲げられた一枚の絵に映る知らない景色の、会ったこともないけど昔からよく知っている幻の人間たちが、勝手にわいわいと宴で歌い始めたような錯覚にとらわれる。それって遠い昔に『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』でザ・バンドがやろうとしたことと、おなじことなのかもしれない。
どきっとするほど率直な「あいがあって」を聴き終えて、ラストの「Port Town」へ。冬の夜のさびしい港町にこだまする人の声。今はさびしいけれど、確かにここには人がいたんだと思う。知らない場所にも、自分が死んだ後の世界にも、自分とおなじような誰かがいるはずだ。タイランド、ブラジル、アメリカ、宇宙、ぜんぶ行ったことない王舟が自宅でつくる未来には、そう信じさせてくれる力がある。
アルバムを一回りして、もう一度「Roji」へ。音楽に酔った千鳥足で階段を上る。ドアを開けると、そこには見たこともない世界があって、でも懐かしい友だちがいつものようにわいわいとやっていた。
王舟『PICTURE』へ。
文・松永良平(リズム&ペンシル)
PECF-1131 felicity cap-246
定価:¥2,500+tax
01. Roji
02. Hannon
03. Moebius
04. 冬の夜
05. lst
06. ディスコブラジル (Alone)
07. Hannon (Reprise)
08. Picture
09. Rivers
10. あいがあって
11. Port town
AMAZON ITUNES DISC UNION TOWER HMV JETSET
Moebius
Directed by Tatsuhiko Nakahara
あいがあって
Directed by Tatsuhiko Nakahara
ディスコブラジル
Directed by Adam Bainbridge
先行12インチシングル
ディスコブラジル
2/11(木・祝)
愛知・名古屋 西アサヒ
開場18:30 / 開演19:00
SOLD OUT
出演
王舟 / inahata emi
supported by jellyfish
2/13(土)
京都 喫茶ゆすらご
開場18:00 / 開演19:00
SOLD OUT
出演
王舟 / 畳野彩加(Homecomings)
supported by SECOND ROYAL
2/14(日)
広島・尾道 浄泉寺
開場18:30 / 開演19:00
前売2,500円 / 当日3,000円(+1D)
出演
王舟 / 白い汽笛
supported by 亀吉
2/18(木)
福岡 STEREO SIDE-B
開場19:00 / 開演19:30
SOLD OUT
出演
王舟 / 夏目知幸(シャムキャッツ)
supported by BEA
2/20(土)
北海道・札幌 キノカフェ
開場19:30 / 開演20:00
SOLD OUT
出演
王舟 / 夏目知幸(シャムキャッツ)
supported by トトノワールズ
2/21(日)
宮城・仙台 BAR&EVENT HOLE Tiki-Poto
開場19:30 / 開演20:00
SOLD OUT
出演
王舟 / 夏目知幸(シャムキャッツ)
supported by 風呂ロック企画
3月5日(土)
大阪・梅田 Shangri-La
開場17:30 / 開演18:00
前売3,000円 / 当日3,500円(+1D)
チケットぴあ(P:283-756)
ローソンチケット(L:55464)
e+(Pre:12/22-27)
FLAKE RECORDS
3月13日(日)
東京・恵比寿 リキッドルーム
開場17:00 / 開演18:00
前売3,000円 / 当日3,500円
チケットぴあ(P:283-826)
ローソンチケット(L:77924)
e+
ビッグバンド編成メンバー
王舟(Vo,Gt)
岸田佳也(Dr)
池上加奈恵(Ba)
潮田雄一(Gt)
みんみん(Key)
山本紗織(Flu)
高橋三太(Tp)
荒井和弘(Trb)
大久保淳也(Cl,Sax,Flu)
増村和彦(Per)
小林うてな(Steelpan,Marimba)
annie the clumsy(Cho)
1/25(月)
HMV&BOOKS TOKYO 7Fイベントスペース
20:00〜
ミニライブ、サイン会
初代王舟王決定戦 決勝
【出場者】
樺山太地(Taiko Super Kicks)
斉藤録音(思い出野郎Aチーム)
柴崎祐二(P-VINE)
チェルシー舞花
村田シゲ(□□□ / CUBISMO GRAFICO FIVE)
【司会】
仲原達彦
新間功人
HMV&BOOKS TOKYOにて、「16/01/20発売 PECF- 1131 王舟/PICTURE」をご購入頂きましたお客様に、サイン会参加券を差し上げます。
問い合わせ先:HMV&BOOKS TOKYO:03-5784-3270
2/5(金)
タワーレコード新宿店 7Fイベントスペース
19:00〜
ミニライブ&サイン会
タワーレコード新宿店、渋谷店、池袋店、横浜ビブレ店、吉祥寺店にて1/20発売(1/19入荷)王舟『PICTURE』(PECF-1131)をお買い上げいただいた方に(予約者優先)、先着順でサイン会参加券を差し上げます。サイン会参加券をお持ちの方はミニライブ終了後、行われるサイン会にご参加いただけます。※サインはCDジャケットにさせて頂きますので、当日忘れずにお持ち下さい。
問い合わせ先:タワーレコード新宿店:03-5360-7811
2/12(金)
タワーレコード難波店 5Fイベントスペース
20:00〜
ミニライブ&サイン会
参加方法:ご予約者優先でタワーレコード難波店、梅田大阪マルビル店、梅田NU茶屋町店、神戸店、京都店、あべのHoop店にて、1月20日(水)発売(1月19日(火)入荷商品)の「PICTURE」(PECF-1131)をお買い上げの方に先着で「イベント参加券」を配布いたします。
イベントの観覧はフリーとなっておりますが、「イベント参加券」をお持ちの方は優先で会場にご入場いただけます。また、イベント参加券をお持ちのお客様のみミニライブ終了後に行われるサイン会へご参加いただけます。※サインはご購入の対象商品にいたしますので忘れずに必ずお持ちください。
問い合わせ先:タワーレコード難波店:06-6645-5521
2/14(日)
タワーレコード広島店 イベントスペース
14:00〜
ミニライブ&サイン会
タワーレコード広島店にて、1/20発売(1/19入荷)王舟『PICTURE』(PECF-1131)をご購入頂きましたお客様に、ご予約者優先で、サイン会参加券を差し上げます。サイン会参加券をお持ちの方は、ミニライブ終了後にサイン会にご参加いただけます。※サインはCDにさせて頂きますので、当日忘れずにお持ち下さい。
問い合わせ先:タワーレコード広島店:082-240-0063
2/22(月)
タワーレコード仙台パルコ店 イベントスペース
19:00〜
ミニライブ&サイン会
タワーレコード仙台パルコ店にて、1/20発売(1/19入荷)王舟『PICTURE』(PECF-1131)をご購入頂きましたお客様に、ご予約者優先で、サイン会参加券を差し上げます。サイン会参加券をお持ちの方は、ミニライブ終了後にサイン会にご参加いただけます。※サインはCDにさせて頂きますので、当日忘れずにお持ち下さい。
問い合わせ先:タワーレコード仙台パルコ店:022-264-9462
MAGAZINE
SEDA (1/7発売・レビュー)
音楽と人 (1/7発売・レビュー)
カジカジ (1/9発売・レビュー)
POPEYE (1/10発売・レビュー)
OZマガジン (1/12発売・レビュー)
FUDGE (1/12発売・レビュー)
MUSICA (1/15発売・レビュー)
CDジャーナル (1/20発売・インタビュー/レビュー)
ミュージック・マガジン (1/20発売・インタビュー/レビュー)
FLYING POSTMAN PRESS (1/20配布・インタビュー)
アコースティック・ギター・マガジン (1/28発売・レビュー)
装苑 (1/28発売・レビュー)
VVマガジン (1/31配布・インタビュー)
Meets Regional (2/1発売・インタビュー)
Pen (2/1発売・レビュー)
ケトル (2/15発売・インタビュー)
RADIO
FMN1 2016年1月度POWER PLAY
VigoFM 78.8MHz 1月マンスリーレコメンド
ファミマラジオ 1月度のマンスリーレコメンド
ニッポン放送「MUSIC GO ROUND」1月毎週火曜
12/11(金) J-WAVE 「PARADISO」(生ゲスト・スタジオライブ)
1/9(土) 東海ラジオ「TOKYO ROCK」26:00〜26:30 (ゲスト)
1/13(水) Fm yokohama「Tresen+」(生ゲスト)
1/20(水) 東海ラジオ「TOKYO UPSIDE STATION」12:28〜12:40 (ゲスト)
1/22(金) JFN「simple style〜オヒルノオト〜」12:28〜12:45頃(生ゲスト・スタジオライブ)
1/23(土) inter FM「ALTERNATIVE NATION」(コーナーゲスト)
1/26(火)J-WAVE「ACOSTIC COUNTY」(生ゲスト・スタジオライブ)
WEB
VEEMOB
CINRA
b*p
CDジャーナル
TV
スペースシャワーTV「it!」ミドルローテーション (1/16〜1/31 )
──新作が全部宅録になるというのを聞いたのは、去年の秋くらいだった気がします。
ああ、その頃だったら、まだ俺が「サポート入れたい」とか言ってた時期かもしれない。「ひとりでやる」って最初に言ってたことを俺が忘れちゃってて(笑)
──でも、自分で「宅録にする」って言いだしたんですよね?
そもそも「次のアルバムは早めに出そう」という話があったんですよ。ファースト・アルバムの『Wang_』のイメージがつきすぎるのもいやだというのがあって。やっぱり『Wang』の前に『賛成』と『Thailand』っていう宅録主体のCD-R2枚があるし、「(王舟は)打ち込みがいいよ」っていうのは『Wang』出す前にも言われてたから。自分でも『賛成』みたいな感じで音楽を作るのは好きだから、今回はそれでやってみようというのはありましたね。でも、しばらくしたら自分でその設定を忘れちゃって、「サポート入れたいな」って言ってたという(笑)
──確かに、『Wang』が出たときに、宅録的な要素がないことを指摘してた人はいましたよね。
『Wang』は完成させるのに時間がかかっていたし、最終的には、わりと自分から「手放した」感じがあるんですよ。自分がやってきたものとは違う感じがあるけど、これはこれでいいからそのまま出そうと。ただ、バンドでやることを自分の新機軸として打ち出すような感じはなくてもよかったんです。バンドであることに確信めいたものがあるわけじゃなかったし。だから、『Wang』に対しては、これはこれでいいけど、『賛成』とか『Thailand』みたいに自分だけで作って自分で完結するような感じの作品も早めに作っておきたいなと思ったんです。
──そういえば、『Wang』の各レコード店での購入特典のCD-Rでも、宅録のインスト音源をたくさん放出してましたよね。
あの特典にもそういう意図はありましたね。好きな人の音楽のデモを聴いたりするのが俺も好きだし、ひとりで作ってる感じも出しときたかったというか。そういう断片をたくさん出しておけば、次から新しい曲を作るための整理整頓もできるかなと思って。
──そういう宅録の方向もありつつ、去年11月にリリースした12インチ・シングル『ディスコブラジル』ではバンドとしてのグルーヴを、もっと踊れる方向に推し進めた感じもありましたよね。
いやでも、それはわりと自然な流れなんですよ。なんでそうなるかを説明しようと思えば結構いろいろ言えるんですけど、簡単に言うと“気分”みたいなことかな(笑)
──気分ですか(笑)
いや、ちゃんと説明すると、宅録ということで言えば、さっきも言ったようにファーストの路線だけでずっとやりたいわけでもなかったというのがあるんです。あと、ああいう宅録っぽい音源、最近あんまり聴く機会が減って。みんなもっとちゃんと音を作ってくる。むしろ宅録のちょっと無防備なくらいのほうが切実さが伝わるという思いがありました。ただCDとして出すとしたら、ある程度は完成度も必要ということも感じてて……。あと、きっかけとしては、あれですね。映画の『恋する惑星』(1994年/香港)。ちょっと前から好きで、何度も観てるんですけど。
──へえ。
あの映画って、出てくる人たちの部屋とかも汚いし、小道具とかがすごく完成度高く作り込まれてるわけじゃなくて生活感があるように撮ってるんだけど、ロマンに浸ってる感じがあるし、映像には美意識がすごく入り込んでるんですよ。そういうのがなんかいいなというのがあったんですよ。物を作る感じが作品に出てて、かっこいいと思った。
──そのかっこよさの意識が「ディスコブラジル」に反映されたということ? もっと言うと、新作に入ってる「Hannon」とか「Moebius」も、みんな結構びっくりする曲だと思うんですよ。王舟流のシティ・ポップというか、「あの王舟がついにかっこつけてきた!」みたいな(笑)
ああ、確かに「Moebius」ができたときに「アルバムができそうだな」って感じになったんです。デモの「Meobius」はもっともっさりしてる感じで音の抜けも悪かったけど、フレーズの感じとかはかっこつけてた。それが『恋する惑星』に感じたかっこよさと自分のなかで似通ってきて、最終的にああいう感じになったんです。あの映画に出てくるトニー・レオンとかって、ブリーフ履いてるのが良くて。
──はあ(笑)
ブリーフ履きながら、恋人といちゃいちゃしてて(笑)。ブリーフなのに、かっこつけてるんですよ。
──ブリーフなのに(笑)
でも、それが逆に高貴なふうに感じられて、すごいとも思ったんですよ。
──アルバムの前半の曲にはブラック・ミュージックとかディスコの影響があるのかと思わせて、『恋する惑星』だったとは。
そうですね。ブラック・ミュージックの影響はそんなにないと思うんです。
──とはいえ、ああいうダンス・ミュージックっぽいグルーヴはどこから参照したんですか?
古いR&Bとかは聴くけど、新しいのはあんまり聴かないんですよ。だから、なんとなくというか、「昔聴いたことのあるあの曲のベースってこういう感じじゃなかったかな?」みたいな感じを曲にしていったんです。要は妄想というか(笑)。「マイケル・ジャクソンっぽい」って言われたりしたけど、自分ではそういう意識はぜんぜんないし。
──確かに、そういう妄想に修正が入らないのが自分だけでやる宅録のおもしろさでしょうね。ベースやドラムの人が入っていたら、「ああ、これはこういう感じ」って認識して、もっとマイケルに寄せていったりしたかもしれない。
そうなんですよ。音楽の正解が出ちゃう。その正解で勝負する人もいるでしょうけど、俺はあんまりそういう感じじゃない。言ってしまえば、ちっちゃいときに音楽聴く感覚で聴いてるんです。
──「これは正しい」と思って音楽聴いてる子供なんていないですもんね。
自分の根本はそれなんですよ。正解を求めるようになるのはいろいろ知識がついたりするからだけど、それって要は音楽をどんどん限定していくことでもある。それを突き詰めて研ぎ澄ませても新しいものになったりするんですけど、今回はそのやり方はちょっと違うと思ってました。
──そういう意味で、今回のアルバムの起点が「Moebius」だったと。
そうですね。あの曲で「なんだこれ?」って感じがでてきたんですよ。最初は歌もなくて、フレーズだけだったんですけど、その時点でもう違和感があった。「ダサいな」という感じがあったんです。それがすごくよかった。
──ダサさの中にあるかっこよさというか。「Moebius」や「冬の夜」のヴィンテージなのか今なのか未来なのかわからなくなるキーボードの音色とかも、『恋する惑星』の感じって言われたら、なんとなく腑に落ちる感じがあります。
それが、さっきも言った『恋する惑星』のブリーフ一丁でかっこつけてる感じなんですけど(笑)
──すべてを宅録にすることで「前に進むんじゃなくて今までやってきたことに戻るだけになるんじゃないのか?」って危惧はなかったですか?
ありました。なので、やり方を変えたんです。普通にデモを作る感じでやるんじゃなくて、気になる機材で自分でも揃えられるくらいの値段のものを調べて買って。
──思い出したけど、『Wang』のアナログLPが出るときにライナーノーツ用に追加したインタビュー(2015年4月)で、「最近、機材を買ってる」って言ってるんですよね。
まあ、『賛成』よりはいい機材でやりたかったというのはありました。あと、ギターとかベースとかの録音を七針でやったりもしたんですけど、それは全部ボツにしました。結局、シンセとかの生っぽさを出すのに七針のモニター・スピーカーをちょっと使ったりしたぐらいで、ほとんど家で録った音ですね。
──それは、どういう理由でボツだったんですか?
というより、どっちがいいかわからなくなったというか。やってくうちに、「結局、家のテイクでいいじゃん」って気持ちになったんです。今回はひとりで録音しながら曲もできあがってく感じだったから、音のひとつひとつにこだわったりすると変に集中しすぎて、曲のなりゆきみたいなものを見る余裕がなくなっちゃうんですよ。だから、わりとざっくりと、いろいろ試してみて「いいや」と思ったやつ以外は捨てるくらいの設定にしてやりました。「あんまり気にしない」というのがわりと重要だった気がします。
──アルバムに入れた曲は、基本的には『Wang』以降の新曲ですか? 昔からのストックから出したりはしてない?
「Roji」の原型は昔からありました。「Picture」も『Wang』のときの特典音源のなかにデモはありました。「あいがあって」もライヴでたまに弾き語りしてました。でも、どれもそんなに古い曲ではないです。『Wang_』は録り終わってからミックスとかに一年くらい時間がかかってたんで、その期間中にできた曲は多いかもしれない。
──アルバムを作りながらできていった曲の代表例としては、どれになりますか?
「Hannon」とか、ですかね。「Hannon (reprise)」っていう曲が入ってるんですけど、最初はこっちができたんです。
──へえ。リプライズのほうが先にできてたんですか。
そうです。それができた後にMockyを聴いて、前半のアレンジとかはそれを意識して作っていきました。途中からボサノヴァになるのもおもしろいと思ってやりましたね。この曲は、アルバムで唯一意図的に作ったかもしれない。他はわりと「どっちがいいんだろう?」って考えながら音を足したりして「あ、ダメだ」ってなるとか、そういうことを繰り返してるうちにできてきた感じですね。
──インストが5曲あります。どれも陰影があってすばらしいトラックだけど、“王舟は歌ものの人”というイメージもあるじゃないですか。
家でひとりでやってるし、声を入れる作業に飽きちゃうというのはあるんですよ。たとえば、「冬の夜」とかは「歌を入れてみようかな」って考えたりもしたけど、結局、「これを入れたらよくなる」というものを思いつかなかったし、なくてもいいかなと思ってインストのままにしたというパターンもあります。確かに、客観的に見て「今回はインストが多いな」と自分でも思ったけど、作ってるとやっぱりこれぐらいのバランスがいいなと思ったので、そうしました。
──でも、それが“曲を作って歌う人”という意味での従来型のシンガー・ソングライターにとどまらない、それ以降のモードを示してる感じはあります。トラック作りも含めて、もっと大きな音楽全体を提示するやり方というか。
そうですね。自分で歌を作って自分で歌ってる時点で、それは自分にとっての“正解”ですからね。逆にその正解を拒否しすぎて全曲インストとかになるのもいいかもしれないですけど、要はあんまり肯定も否定もしないで普通にやってみて、できあがった候補曲でアルバムを作ったら、こういうバランスになったんです。
──曲順はどうやって決めました?
相談しながらマスタリングのときに決めました。音の調整を最終的にしてたときに一曲だけ順番を入れ替えてみたら、前半と後半の違いがわかりやすくなって。
──確か、『Wang』のときは曲順は丸投げで人任せでしたよね?
そうですね。曲順は今もあんまり気にしないんですよ。曲順通りで聴いてもらってもいいし、シャッフルで聴いてもらってもいい。要は、あんまり設定を聴く側に与えたくないというか。
──でも、「Roji」でアルバムが始まるのはよかったと思います。
一曲目って、他の曲はあんまり当てはまんなかったし、これはやっぱり一曲目っぽいし、ちょうどいいなと思ってましたね。
──この「Roji」は、あのRoji(ceroの高城晶平が営む阿佐ヶ谷にあるバー)のことですよね?
ああ、曲ができてみて、タイトルが自然と浮かんだんですよ。歩いてるときとかに思いつくんです。他の曲も全部そんな感じでつけてますね。
──この曲のふらふらと階段を上がる感じのリズムが、まさにちょっと酔っててRojiに向かう階段を上がる感じと一緒に思えます。
ceroにも「Roji」って曲がありますよね。作ってるときにceroがアルバム出して、それで「やべ!かぶった」って思いましたけど(笑)
──まさかの「Roji」かぶり(笑)
一応、高城くんには話したんですよ。「俺も『Roji』って曲あるんだよね」って。そしたら「いいじゃん、いいじゃん!」って言ってくれたんで(笑)
──しかもceroの「Roji」には王舟の声もうっすらSEで入ってるし。
あ、そうなの?
──何年か前に王舟がRojiのカウンターで飲みながらスマホのクソゲーやってて、それをクリアしたときの「やった!」みたいな声がうっすら入ってて。
あー、そうでしたね。
──で、高城くんに「いいじゃん」って言われたこともあるけど、結局、王舟くんも「Roji」のタイトルは変えなかったんですね。
そうですね。もう、わりとしっくりきてたから。高城くんが快諾してくれたからよかったけど、タイトルを変えるっていうのはできれば考えたくかったですね。
──あと、アルバムで耳を惹くポイントとしては、2曲ある日本語のうちの1曲で、唯一の弾き語り曲でもある「あいがあって」。
家に帰ってギターを持って弾きだしたら、もう全部だいたいできあがった曲なんです。そういう気分のときだったからできた曲なんだとは思うんですけど。「あいがあって」ってフレーズが最初にあって、そこからギターを弾き始めたらわずかな間に言葉がどんどん当てはまっていって。しばらく忘れてたんですけど、整理してたら出てきて、それで録るときにちょっと歌詞を直したぐらいですね。
──歌詞がいつになく率直で。
そうですね。逆に、考えて作ってないから歌えるっていうのはあります。作ろうと思ってできたわけじゃないから、自然な感じがする。実感として感じたもののなかに想像の余地がある、みたいな、そういう感じだったんですよ。
──この曲から続く「Port Town」にも顕著なのが、さみしさの表現の特異さなんですよね。打ち込みをひとりでやって、さみしさを表現しているんだけど、それが絶対の孤独ってことではなく、そのなかに誰か人がいるって感じるんです。
あの曲で、“人がいる”って感じがするってことですか? まあ、あの曲は友達と屋形船もんじゃに行ったときの音をちょっと使ったりしてるんですけど(笑)
──あの曲だけじゃなく、「冬の夜」とかもそうなんですけど、さみしさの中にぬくもりがあるというか。
ああ、そうですね。途中であったかい感じになりますよね。
──「みんながさみしさだと感じていることは、本当はさみしさじゃない」ってぼんやりと言われてるみたいな。心のそういう部分に届くし、触れてる表現ですよね、これは。
「さみしい」って思ってても、それはわりと自然なことなんだってとらえると、ちょっとさみしくなくなるんですよ。
──ひとりで音を録ってるときは、誰かが弾いてくれてる、みたいなイメージでやったりするんですか? 途中で「サポートを入れたい」って言ってたように、「誰かがいる」ってイメージがあるのかなと思って。
ホーン隊とかの音を打ち込んでると、そのホーンの人たちが目の前で誰かが演奏してくれてる感じにはなるんですよ。だから、そういう作業をやってると「自分」という感じが曖昧になるというのはあります。
──「Picture」のホーンなんかは、まさにその感じですよね。にぎやかにホーン隊がいかにもその場にいそうなんだけど、実際はいない。その存在も不在も同時に表現されてる感覚があるけど、それが空虚だってことではなく、むしろ頭の中で音を鳴らすということの価値を信じられる強さにつながってる気がします。
意図してじゃないんですよ。打ち込みをやってると、スタジオでメンバーにいろいろ注文するような脳になってるんです。「ここをもうちょっと遅く入って、サスティンがこれくらいで」みたいな。それをひとりで自分に向けて言ってるんじゃなくて、メンバーに伝えてるような現場の映像が浮かんでくるんです。
──そういう意味では、ひとりで宅録する人が求めがちな「自分でやることで自分の思っていたことすべてを完璧に再現できるな」っていう感じとは違いますよね。
その感じは、ないです。自分が普通に考えてることはそんなにたいしたことないことだから、それを人に伝えたいわけじゃない。むしろ自分はよくわかんない状態にいるわけだから、自分が思ったものを作りたいんじゃなくて「どういうものが作れるんだろう?」と思いながらやるのがモチベーションですね。
──精緻なジオラマ作りではなく。
ジオラマじゃないです。レゴですね(笑)。「ここにこの色のレゴをはめるとこうなる」「いや、違うな」みたいな作業。その後に絵を描くとレゴをやってたときの感覚がちょっと絵に乗るみたいな、そういう感じですかね。
──今、絵のたとえが出て思ったんですけど、偶然にも『Wang』のジャケットは写真で、今回の『PICTURE』は韓国のイラストレーター、オム・ユジョンさんの絵じゃないですか。バンド編成で作った『Wang』は、いろんな人が演奏に関わってやってることで細部まで見える写真がまさに合ってたと思うし、今回は、まさに絵っぽいアルバムですよね。
そうですね。ジャケの候補でオムさんの絵を見せてもらったときに、アルバム・タイトルも『PICTURE』にしようと思ったんです。オムさんの絵は、絵にかさぶたがあるというか、細かいところとざっくりしてるところが一緒にあるのがよくて。描いた筆の痕跡が見えるタッチなのもいいと思ったし。
──実際、すごくはまりましたよね。音を聴いてない人にも期待をさせます。
「ジャケットがいい」って言ってくれる人は多いですね。表ジャケになった雪山のやつもいいんですけど、人物画もよくて、それは歌詞カードのほうに使わせてもらいました。
──絵が1枚1枚モチーフは違っても全体でひとりの画家を表すように、このアルバムも1曲1曲の表情は違っていても全体として王舟のアルバムとしか言いようのない作品になっていると思うんです。アートワークも含めて王舟らしさが最良のかたちで表現された気がします。
今回も、あんまり自分の意思を貫いたわけではないんですけどね。わりとなりゆき(笑)。しいて言えば、最初にイメージしてた感じは、“ちっちゃい部屋なんだけど、中にいるやつは明るい”みたいだったんですよ。だから、松永さんがライナーノーツに書いてくれた、「Roji」を聴いて、Rojiの階段を上がっていって、ドアを開けたら音が鳴ってて、人がいっぱいいる、みたいなイメージにつながるってくだりは、俺も読んでて楽しくなりました。「あー、なるほど、こういうふうに聴くとおもしろいんだな」みたいな(笑)
──知らない場所だけどなんか知ってる人がいるような景色を感じたんですよね。その人たちは大切な友だちだけど、そのつながりを明確にしたいわけじゃない。なんとなくそこにいればいいだけでぬくもるような、気のおけない感じというか。だけど、そういう感覚を心地よさとして伝えるのって、すごく難しいんですよ。たいていは、ほんわかしてしまってなごみ系とか言われるか、くさい感じになっちゃうか。その微妙なさじ加減を、このアルバムはどっちにも寄りかからずに絶妙に表現してると思ったんです。さりげなくすごい。マジで、『恋する惑星』のブリーフに感謝するべきなのかもしれない(笑)
ダサいと思われがちな人がかっこつけてるのがかっこいいというか、価値が逆転してる感じなんですよ。こっちの抱いてる価値観が揺らぐというのが本当にかっこいいというのはありますね。そういう意味で、『恋する惑星』が一番いい例だったなと思います。
──『Wang』と『PICTURE』の2枚で、王舟という稀有なアーティストの個性が出揃ったという気もするし、それだけじゃなく、前に進んだし、さらに未知数な可能性も獲得した。なにより、王舟というひとりの表現者が「音楽でかっこつけてもいい」と思ってすばらしい音楽を作れたことが、すごい収穫だし、前進だと思うので。
ハイファイを否定してローファイをやるとかじゃないんですよ。ダニエル・ジョンストンとかがローファイなのにかっこいいのは、愛のことをちゃんと歌ってるからだったりする。そこの根っこはやってること似通ってるとも思うんです。要は、俺は方法論としての宅録やローファイに感心するんじゃなくて、人として表現に感心したいんです。
interview by 松永良平(リズム&ペンシル)
上海出身、日本育ちのシンガーソングライター。
2010年、自主制作CDR「賛成」「Thailand」を鳥獣虫魚からリリース。
2014年、1stアルバム「Wang」、7インチシングル「Ward/虹」をfelicityからリリース。
2015年、1stアルバムのアナログ盤「Wang LP」、12インチシングル「ディスコブラジル」をfelicityからリリース。
2016年、2ndアルバム「PICTURE」をfelicityからリリース。
バンド編成やソロでのライブも行なっている。
https://ohshu-info.net/